マレーシアの今昔~めざましい経済成長とジレンマ~

海外進出 コラム

三井逸友(嘉悦大学大学院ビジネス創造研究科長・教授)
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 いろいろの機会やきっかけがあって、マレーシアを何度か訪れている。昨年もACSB中小企業研究アジア協議会第三回大会で、ミリ市に行った。ただしここはサラワク州で、ボルネオ島の一角である。

 その一年後、こんどはマレーシアに展開する日本企業の最新動向を見に、首都クアラルンプールなどを訪れた。

 最初に訪れたのはもう20年以上も前のことであり、この間の発展と変貌ぶりは著しいものがある。20年以上前のクアラルンプールは、まだ植民地都市的なおもかげもあったが、いまは高層ビルと高速道路に囲まれ、アジアの成長センターの雰囲気横溢である。市内の交通混雑もすさまじいもので、郊外の高速道路も渋滞が頻繁である。

 統計資料に依れば、マレーシア経済は90年代以降、年間5から10%の高い成長を実現し、いまや1人あたり名目GDPは11,955米ドルと、相当な地位に達している(2014年、JETRO調べ)。マレーシア政府は、「2020年代にはマレーシアを先進国に仲間入りさせる」と意気込んでいる。

 そのめざましい成長ぶりは、前記のように至るところで見ることができる。クアラルンプールの誇りであるKLタワーやツインタワーがそびえ立ち、街をゆく人々の服装も、イスラム教を国教とする国とはいえ、華やかである。日本製品を含め、さまざまな商品が溢れている。クアラルンプールに代わる新首都として建設されたプトラジャヤは車で一時間足らずの距離とはいえ、広大な土地に計画的に築かれた街並み、官庁街が整然と展開する一方、巨大なモスクや湖が観光地にもなり、内外の客が訪れている。

 けれども、詳しく見ていくならば、マレーシアの経済発展におけるさまざまなジレンマの存在は否定できない。このプトラジャヤ自体、隣に築かれたやはり広大なサイーバージャヤとワンセットで、クアラルンプール市と新空港とを結ぶ線上での経済発展と政治・行政の象徴的中心となるはずであった。政府は第7次、8次「マレーシア計画」において、マレーシア経済の成長のエンジンとしての「知識集約型経済」「知的資本」重視を掲げ、「マルチメディアスーパーコリドー」構想を打ち出し、その中心にサイバージャヤ(サイバーシティ)を置いたのである。けれども、いまのサイバージャヤには、そうしたIT産業の世界的中心という華々しいイメージはまだ乏しい。

 マレーシアの経済発展は、典型的な「ASEAN型」とされる。石油や錫鉱石、ゴム、パーム椰子など鉱農産物等に依拠した経済から、市場を開放し、外資を誘致し、その生産力による輸出の展開と雇用機会拡大を軸に、経済を離陸させ、成長軌道に乗せる、これである。

 マレーシア政府は「ルックイースト」の理念で、離陸する経済に重化学工業化の展開を重ね、第二段階としての国内産業への波及拡大と産業構造高度化に取り組んだ。その象徴となったのが、「国民車」メーカープラトン社への支援と、「ベンダーデベロップメントプログラム」によるサプライヤ企業の育成、系列化推進であった。さらに第三段階として、21世紀の世界をリードするIT、知識産業、金融や新サービス業などを掲げ、世界の市場で競争優位を発揮できる産業構造を描いたのである。

 実際、マレーシアにも大きな壁となった1997年のアジア通貨危機の打撃も小さく抑えられ、さらに2005年には変動相場制移行と対ドル為替切り上げも実施し、それでもなお経済成長と貿易黒字は維持され、「模範生」マレーシアの好循環は続くようにも思わせたのである。

 しかしいま、成長は頭打ち気味であり、貿易黒字も減少してきている。直接投資残高も減少傾向にある。そして最大の懸念材料は、成長維持のために公共投資などに多くを投じてきた結果、政府の財政赤字は大きく膨らみ、石油価格下落と相まって、通貨リンギの対ドル安が戻らない。政府は財政立て直しのために、消費税導入、徴税強化、補助金削減などに踏み切らざるを得ず、政治対立も絡んで、政情不安の兆しがある。言うなれば、成長を続けてきた経済が空回りをはじめ、新たな産業の主役が見えないまま、さまざまな輻輳する課題に直面しつつあるのである。

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《三井逸友》

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